「買って売るよりも、作りたかった」。ネパールでコーヒー農園を16年続けてきた池島さんが、一社の交差点の角でカフェを開いたのは2年前のこと。なぜこの街だったのか、聞いてみた。
何年も何年も、続けたから見えたもの
池島さんがネパールに渡ったのは2008年、27歳のとき。革命直後で産業もほとんどない国で、ゼロからコーヒー栽培を始めた。現地に住み込み、土を触り、汗を流す日々。ただ、農園をやるうえで一番大変だったのは、栽培の技術よりも「人との関係」だったという。
現地の農協とまともに話ができるようになるまで7、8年。最初はお互い疑心暗鬼で、現地の人々から見ると「何者かもわからない日本人が来て何かやってる」だけ。それでも続けていたら、少しずつ仲間ができた。コーヒーの苗を1本植える人がいて、その人の周りにまた人が集まって、気づけば何十トンものコーヒーが生まれる農園になっていた。

人、家族、友達、社会。小さいコミュニティが集まって、皆が仕事をして、それでコーヒーが広がっていく
池島さんがネパールで手に入れたのは、コーヒーの知識だけじゃなかった。
「この土地で」と思った理由
一社に住み始めたのは、お子さんが生まれたタイミング。奥さんの職場と、元々営んでいた豊川の店舗の中間あたりが、ちょうどこの街だった。住んでみたら気に入って、家も買った。ただ、店を出す物件がなかなか見つからない。空いても家賃が高く、何年も探し続けた。一度しびれを切らして別の街に出店したが、うまくいかなかった。
やりたいところでやらんといかんね
そう思って、一社に戻ってきた。
ようやく見つけたのが、今の場所。かつてオーガニックレストランを長く営んでいた人たちが守ってきた土地だった。バブルの時代に「このままでいいのか」と食や社会に向き合っていた人たちの空気が、この場所には残っている。池島さんが惹かれたのは一社の「街」というより、この土地が持っている「中身」だった。

カフェの枠を超えて、街に根を張る
娘さんたちにとって一社は地元になる。だから池島さん自身も、ここを地元だと言えるようになりたいと考えている。PTAに参加し、地域の祭りに顔を出し、いつか一社で花火大会をやりたいとも話す。仕事と生活を分けないのが池島さんのスタイルで、それはネパールにいた頃から変わっていない。
今のFARMERS PASSION COFFEEは、コーヒーを出す場所であると同時に、知らない人同士がなんとなく話し始める場所にもなりつつある。池島さんが考えているのは、その延長線上にある「一社のコミュニティスペース」。コーヒー屋だからコーヒーだけ、ではなく、この街の人が集まれる場所を作りたいという。隣の区画に新しいスペースが生まれる話も、少しずつ動き始めている。

ネパールでコーヒーの苗木を1本ずつ植えた人が、今度は一社南の交差点から何かを始めようとしている。
FARMERS PASSION COFFEE
ネパール自社農園のオーガニックコーヒーと、農園育ちのスパイスを使ったカレーやチャイが楽しめるお店。一社南の交差点の角。
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